小池龍之介「考えない練習」/仏教式の悩み解消

スポンサーリンク

「イライラ」「不安」は、練習で直せる。
考えすぎて、悩みがつきない私たちに必要なものは、
もっと「五感」を大切にする生活。
それは難しいことではなく、ちょっとしたコツの習得で可能になる。
本書では、その方法(練習)を
気鋭の僧侶が余すことなく語りかける。。
さらに脳研究者・池谷裕二氏との「心と脳の不思議な関係」と題した対談も収録。
小池氏の著作のなかでもっとも実践的といえる本書で、
不安のない日常を手にしよう。

p3
問題は、心はひたすら「より強い刺激を求めて暴走する」という特徴を持っていることです。淡くて穏やかな幸福感よりもネガティブな考え事のほうがはるかに強い刺激の電気ショックを与えてくれますから、なかなかストップすることができません。

脳というのは脳自身が快感を得るために私たちを苦しめると書いています。確かに言われてみればイライラして不快感の感じるようなことを無意識に考えてしまいます。

p85
好ましい音に舞い上がり、好ましくない音に落ち込み、つまらない音を無視しようとする、それが人の心の根深い反応パターンです。しかし、聞こえてくる音に対して、常に、これは好ましい音、これは好ましくない音、これはニュートラルな音と分析したうえで、音そのものを聞くことに集中していると、音そのものがすこぶるシャープに、クリアに聞こえてきます。それと反比例して、それを言われたから、ああだ、こうだと考える思考はどんどん薄れていきます。

五感に神経を集中させることの大事さをこの本では何度も書いています。脳がネガティブなことを考え出したりして暴走し始めたら五感に集中する。そうすることでネガティブな考え事を考えられなくなっていきますとのことです。

p100
緊張した時は、うまくいきたいという欲に駆り立てられています。その煩悩が引き寄せるドキドキ感ゆえに思考のノイズが心を占拠してしまい、頭の中が真っ白にあり、今度は「このままではまずい、何とかしなくては!」という怒りの思考が暴走してしまいます。
この反射的思考を止めるべきなのです。焦っても、怒っても、どうにもなりません。
いったんその焦りを止めるべく、いまやっている行為を中断するのです。

緊張したとき緊張しないようにするには「緊張しないようにしよう」と考えることではありません。今やっていることとは何か別のことを考えることが大事です。まずは目を閉じて視覚情報をシャットダウンすることから始めましょうとこの本では書いています。

p107
たいていの笑いには現実を忘れようとする「無知」の妄想を育む性質があるように思われます。それとともに、目にも止まらぬ速度で、「ごまかし」の思考や「バカにする」思考のノイズが増殖してゆくことに、気を付けてまいりましょう。

テレビ番組の笑いにはバカさを笑うとか、ツッコミの攻撃性を笑うといった良くない面があるとのことです。脳科学的には笑うことは良いとされていますが、作者さんにとっては笑いはよくないと考えているよう。

p116
「人に受け入れてほしい」とか「誰かを攻撃したい」といった煩悩は、求めれば求めるほど大きくなっていき、心はどんどん歪んでいきます。
インターネットは、単に自分の心が疲れるか疲れないかを判断基準にしながら、距離をおいて付き合うのがよろしいかと思います。

インターネットにおいては、不快なものをわざわざ見に行き、勝手に不快な気分になるという不思議な面があります。ネットは便利で欠かせないものではありますが、心が疲れてしまうのはよくないですね。

p118
「快楽」というものは実在するものではなく、基本的には「苦」が減った時に錯覚するもの、苦がなくなったことを脳が楽と錯覚するだけのこと。これが仏道の「一切皆苦」という真理です。一度、楽の味をしめると、「もっと、もっと」と、より大きな楽がほしくなって、その材料になる苦をさらに求めてしまうのです。

快楽が存在しないというのは僧侶でない一般人にはなかなかなじみにくい考えかもしれませんが、仏教においては常識らしいです。
———-
脳を仏教的に解釈するとどうなるの?といった内容の本です。巻末には脳科学者である池谷裕二先生との対談も載っています。日本人は宗教が苦手な人が多いですが、こういう本もたまには面白いですね。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク