岡田磨里「学校に行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで」/登校拒否がコンプレックスの学生生活

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「あの花」「ここさけ」を生んだ脚本家・岡田麿里が明かす“不登校の日々”

『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『心が叫びたがってるんだ。』

普段アニメを観ない方も、このタイトルに聞き覚えがある方は多いのではないだろうか。

映画の興行収入がともに十億を超え“聖地巡礼アニメ”として大きな話題になった両作。本書はそれらを手がけたアニメ界のカリスマ脚本家、岡田麿里さんの初の自伝となっている。

書かれているのは成功者のサクセスストーリーとはほど遠い、闘病手記とでも言うべき小学校時代からの困難な自意識との闘い。

なんと豊かで苦しい心か。

私が鼻水垂らしていたような頃に周囲との不調和に直面し、友達を冷静に観察評価し、自覚的に自らの「キャラ設定」にあえぎ、結果挫折し、不登校になる。

すでに作品を知っている私としては「そういうことだったのか」と腑に落ちた。本書は自伝であると同時に両作の裏設定が書かれた濃密な設定資料である。

重苦しいのに引き込まれる。ついページをめくってしまう。これは岡田さんのアニメの印象そのものだ。舐めるとピリッと苦くて、えぐみがある。でも「苦い苦い」と舐めているうち気づけば瓶が空いている。そんな薄い毒の魅力。

面白いのは、本文のあちこちから著者の“天然っぽい”部分がぽろぽろこぼれているところ。不登校の二年半を「たった二年半」とさらりと書いたり、教習所で耳栓を付けた理由も大したことがないかのように流されている(ように見える)。上京する列車で隣になったおじさんが居心地悪そうにしてコーヒーを飲まない理由を、「甘いのが苦手なのかもしれない」と考えたときは「鈍いよ! 」とツッコミを入れてしまった。

上京した彼女はシナリオライターという職業に出会い「アニメのライターになりたい」と道を定める。そして「登校拒否児は果たして、魅力的なキャラクターとして成立するのだろうか?」と、自分自身に基づくテーマに挑み、ヒット作『あの花』が生まれた。

このあたりでは内容も軽快になり、前半の重苦しさとともに彼女の半生のトレンドを追体験した感覚になれる。特に『あの花』スタッフが秩父にある岡田さんの実家を訪問したくだりはコメディでありつつ感動的なシーン。なのにスタッフを招いた理由を「母親に見せつけたかったのだ」。ここでその言い方を選ぶのかと苦笑した。さすがだ。

本書で彼女が美しいと感じた瞬間には、車窓や扉といった「額縁」の存在が記されている。次に飾られるのはどんな風景だろうかと読了し思いを馳せた。

評者:七月隆文

p24
基本は思ったことを言えない子だった。
(略)自意識過剰で思いこみが強かった私は、「こう言ってしまったらこう切り返されて、結果としてこうなってしまう」という自分にとってつらい未来を先回りして想像し、勝手に恐怖をつのらせてしまう。身動きが取れなくなってしまう。

トイレに行きたかったけれど、行くとクラスメイトからあらぬ噂を立てられてしまいと妄想してしまい、漏らしてしまったというエピソードを紹介しています。

p54
再度、登校拒否児のレッテルを貼られた自分。
何度か元に戻れないかとチャレンジしたけれど、無理だった。男子は以前のようにからかってはこず、それどころか「岡田、大丈夫か」「無理すんなよ」など節々で優しい言葉をかけてくるようになってしまった。女子が背中にダイブしてくることもなくなった。

馴れ馴れしくして接してほしいと願ったけれど逆によそよそしくなってしまった学生時代。岡田さんは登校拒否であることが何よりのコンプレックスだったようです。

p66
ある日の夕方、いつものようにゲームをして時間を浪費していると、母親が帰ってきた。いつもなら機嫌が上向きになってくる時間帯だが、むっと押し黙ったまま台所へ向かった。外で誰かに何かを言われたのかもしれないなと思っていると、包丁を持ち出してきた。
「お前みたいな子供がいるのは恥ずかしい、殺す」
「お前を殺して私も死ぬ」ではないのが、妙にリアリティがあった。

作者さんはさらりと書いていますがとてつもない修羅場のように思えます。この後、体格差で母親をねじふせて事なきを得たとのことです。

p102
「出て来いこら、ガキが! 殺すぞ!!」
すうっと血の気が引いた。続いて、母親が「磨里ちゃん、逃げな」と叫んだ。
いきなりのドラマチックな展開。しかし二階にいるので逃げろと言われても選択肢は限られている。どうしていいかわからず、とりあえず廊下を走った。

母親の彼氏に殺されかけたというエピソード。押入れに逃げて無事で済んだとのことですが、命を狙われる展開にそう何度も遭遇する人生は波乱万丈すぎに感じます。

p113
まず、人と目をあわせて喋ることができない。会話をしている最中に、疑問に思うことが出てくると視線があちこちに泳ぐ。口を開けばどもってしまう。それでもなんとか会話を続けようとすると、無意識に爪や指の皮を噛んでしまう。

とても社会に出てまともに働けるとは思えない人物ですが、世の中というのは案外なんとかなってしまうもののようです。岡田さんは爪を噛むのが癖とのことですがストレスがあるとそういう行動を取ってしまうようです。

p137
でも、私は決めてしまった。この時の気持ちは、自分のことだというのに完全に理解することができない。とにかくもう、私はゲーム学校に入るんだと。ゲームの何がしたいのか、デザインなのか企画なのかシナリオなのかすら具体的に決めていないというのに、それだけは頑なに思った。

最初からシナリオライターを目指していたわけではなく、ゲーム系の専門学校に通ってそこからシナリオを書くことになったとのこと。世の中というのは自分で決めなくても自然に天職に就けるものなのかもしれませんね。

p177
次の瞬間。胸の辺りをいきなり鋭利なものに貫かれたかのようなショックに、息ができなくなった。そこに書かれていた言葉。
「くそ脚本家、死ね」

ネットでアニメの酷評を目にすることはよくありますが、そのアニメはどこかの誰かが作っているものです。軽い気持ちで書かれた言葉が知らないうちに原作者を傷つけていることもあるようで。
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「あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない」や「心が叫びたがっているんだ。」のシナリオライターの岡田磨里さんの自伝です。小説と同じスタイルで書かれています。人間心理を深く追求するかのような作品は、ご本人が内向的だからこそ書かれたもののようです。

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